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ハイレゾは意味ない?違いがわからない理由と本当の使いどころ

ハイレゾ対応のDACと、ハイレゾ対応のイヤホンに、しめて数万円。意気込んで、同じ曲のハイレゾ音源とCD音源を、交互に聴き比べてみた。…あれ。違いが、わからない。何度切り替えても、ピンとこない。むしろ、自分の耳がポンコツなんじゃないかと、ちょっと焦った。

白状すると、僕はしばらく、認めたくなくてムキになってた。でも、いろいろ調べて、ブラインドで試して、たどり着いた答えは、わりとはっきりしてる。ハイレゾは、半分は本当で、半分はオーバーに語られすぎてる。その線引きを、ていねいに引いていく。

目次

意味ないと言われるのには、理由がある

人の耳は20kHzで打ち止め、CDですでに足りてる

そもそも論から。人間の耳が聞き取れる音の高さは、だいたい20Hzから20kHzまで。年を取ると、上のほうはさらに削れていく。

ここがポイントで、CDの音質は、すでにこの可聴域をまるごとカバーしてる。ハイレゾがCDに上乗せしてるのは、主に20kHzより上の、人間には聞こえない超高音の領域。聞こえない音を、いくら緻密に記録しても、耳には届かない。音の大きさの幅、ダイナミックレンジも似た話で、CDの16bitでもう、日常で心地よく聴ける範囲は十分に収まってる。それ以上は、ジェット機の轟音の中で、針の落ちる音を聴くような世界で、現実には使い道がない。

ブラインドだと、プロでも当てられないことがある

理屈だけじゃなくて、実験の結果もある。どっちが鳴ってるか伏せて聴き比べる、いわゆるブラインドテスト。

これをやると、作曲家やミュージシャンですら、CD品質とハイレゾを当てられなかった、という報告が出てる。耳のいいプロでこれなんだから、ふつうの耳で違いがわからなくても、何もおかしくない。むしろ自然。さらにややこしいことに、CD以下の音源を無理やり引き伸ばして、ハイレゾとして売ってる、いわゆるニセレゾも紛れてる。数字だけ立派で、中身が伴ってないやつ。こうなると、何を聴いてるのかも怪しくなる。

でも、完全に無駄かというと、それも違う

ハイレゾ版は、そもそもマスタリングが別物のことがある

ここで終わると、ハイレゾ全否定になっちゃうけど、話はもう一段ある。実際に、ハイレゾ版のほうが、いい音に聴こえることは、ちゃんとある。

ただ、その正体は、解像度じゃないことが多い。同じ曲でも、CD版とハイレゾ版で、音の仕上げ、つまりマスタリングを別々にやっていることがある。ハイレゾ版のほうが、音量を無理に上げすぎない、ていねいな仕上げになっていると、当然そっちが気持ちよく鳴る。でもそれは、bitやkHzの数字が効いてるんじゃなくて、仕上げの差。同じハイレゾでも、雑なマスタリングなら、ありがたみは薄い。

ロスレスかどうかは、ハイレゾより手前で効く

もうひとつ、混同されがちな話。ハイレゾかどうかより、その一歩手前の、ロスレスかどうか、のほうが、音の差としてはわかりやすい。

MP3みたいに、データを軽くするために音を間引いた圧縮音源と、間引かないロスレス音源。この違いは、ハイレゾとCDの差より、まだ気づきやすい。だから、音をよくしたいと思ったとき、いきなり高価なハイレゾに飛ぶより、まず手持ちの音源を、ちゃんとしたロスレスにするだけで、けっこう底上げになる。そこを飛ばして数字を追うと、お金のわりに変化が小さくて、肩透かしを食う。

音を決めてるのは、数字じゃなくて別のところ

イヤホンと部屋が、最大のボトルネック

ここがいちばん伝えたいところ。音の良し悪しを決めてる主役は、ファイルの解像度じゃなくて、それを鳴らす道具と、聴く環境のほう。

たとえるなら、4Kの映像と同じ。どれだけ精細な4K動画でも、映すのが古い小さな液晶なら、その綺麗さは出てこない。画面が足を引っ張る。オーディオもまったく同じで、いくらハイレゾ音源でも、安いイヤホンで鳴らせば、その情報量は宝の持ち腐れ。逆に、いいヘッドホンに替えただけで、ふつうの音源がずしっと厚く、空気感もふわっと変わる!耳に届くまでの最後の一歩、そこがいちばんのボトルネック。

ハイレゾだと知ってる、その時点で耳は甘くなる

それと、自分の心も、けっこう曲者。これはハイレゾがハイレゾだと、知ってるかどうかの問題。

人は、これは高音質だ、と思って聴くと、本当に良く聴こえてしまう。期待が、耳を補正する。高いお金を払ったぶん、いい音だと感じたい、という気持ちも働く。ブラインドテストがわざわざ目隠しするのは、この思い込みを取り除かないと、フェアな比較にならないから。シャリッと伸びた高音に聴こえたのが、実は気のせいだった、なんてのは、わりとよくある。それが悪いわけじゃない。ただ、何にお金を払ってるのかは、知っておいて損はない。

じゃあ、どこに金をかけるのが賢いか

数字より先に、ヘッドホンとDAC、そして音源

順番として、いちばん効くのは、再生する側を整えること。ハイレゾ対応かどうかより、素直に音のいいヘッドホンやイヤホン。これに替えるのが、いちばん変化が大きい。

次に、雑な音源を、ロスレスのちゃんとした音源にすること。そして、好きな曲の、よく仕上げられた版を選ぶこと。この三つを押さえるだけで、たいていの人は、満足のいくところまで届く。ハイレゾの数字は、そのいちばん最後に、おまけとして乗ってくるくらいの位置づけで、ちょうどいい。先頭に置くものじゃない。

ハイレゾが活きる、数少ない場面

とはいえ、ハイレゾがハマる場面も、ないわけじゃない。静かな部屋で、いいヘッドホンを着けて、よく録られたクラシックやジャズに、じっくり耳を澄ませる。そういう、条件がそろった聴き方なら、空気感の違いを感じ取れる人もいる。

あとは、純粋に、いい音源を手元に持っておく満足感。アーカイブとして、いちばんいい状態で残しておきたい、という動機も、立派な理由。聴いて気分が上がるなら、それ自体に価値がある。数字に踊らされるんじゃなくて、納得して選んでるなら、ハイレゾはちゃんと趣味として成立する。

結局、ハイレゾは意味があるのか

意味がない、と切り捨てるのも、夢の音質、と持ち上げるのも、どっちも言いすぎ。正しいのは、その真ん中あたり。解像度の数字そのものが音を激変させる、という期待は…たぶん裏切られる。でも、いい音源と環境とセットなら、ハイレゾが悪さをすることもない。

音をよくしたい気持ちがあるなら、まずヘッドホンと、音源の質。数字を追うのは、そのあとでいい。

そのうえで、ハイレゾを聴いて素直に楽しいなら、誰に否定される筋合いもない。大事なのは、何に納得して、お金と耳を使ってるか。それさえ自分でわかってれば、意味があるかないかなんて、もう人に決めてもらう話じゃない。

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この記事を書いた人

携帯ショップの店員をしながら、休みの日は気になったデバイスを片っ端から触るのが趣味。スペック表を眺めているだけで一日が終わることもしばしばです。
このブログでは、実際に仕事であった話や自腹で買って使ったガジェットのレビューや、暮らしの中で見つけた小さな便利グッズ、そしてときどき関係ない雑記まで、思いつくままに書いています。

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